マテリアル インテグレーション 2009年6月号
マイクロバブルとソノプロセス


特集号によせて
技術総合研究所中部センター 先進製造プロセス研究部門 超音波プロセス研究グループ 飯田 康夫

今回の特集である「マイクロバブル」と「ソノプロセス」がどこでつながるのか,すぐに察しのつく読者はこの駄文を飛ばしてすぐに本文を読んでいただければ有難いのだが,両者に共通するキーワードは「泡」なのである.

「ソノプロセス」とは超音波の化学工学的応用を指すが,超音波を溶液中に照射することにより発生するキャビテーション気泡という数ミクロンの「泡」の作用を用いることが多い.この「泡」は超音波により振動し,圧壊,マイクロストリーミングなどの特異な現象を引き起こす.気泡の圧壊時には,ピコ秒オーダーの短い時間ではあるが,気泡内部は数千度,数百気圧といった極限状態となり,OHラジカルの発生などの化学反応を引き起こす.超音波による環境汚染物質の分解やナノ粒子の合成などが可能となるのは,このような「泡」によるエネルギー集中が起きているためと考えることができる.ヴィーナスが海の泡から誕生したというギリシャ神話をご存知と思うが,生命の起源を海の「泡」に求めることも不可能ではない,と考えるのは筆者だけではないと思うのだが...

さて,もう一つのテーマである「マイクロバブル」であるが,これには2つの異なった「泡」があることを説明しておきたい.一つは気体を機械的せん断力などでミクロの大きさまで細かくして液体に分散した気泡であり,「泡」がビールの泡などよりも極端に小さいことから,気体の溶解が容易であることなどの特徴を有し,すでに水環境浄化,養殖や水耕栽培などの水産・農業分野などで活発な実用化が進められている.一方では,効用を高く謳った応用商品が先行してしまっている場面も稀に見受けられるが,他方では,化学工学的手法に基づいた,しっかりとした基礎的研究も大きく進展しているおり,重要な化学プロセスの一つとして成長しつつあることを認識しておきたい.

もう一つの「マイクロバブル」は,タンパク質などの殻をかぶった「泡」であり,従来,超音波診断用の造影剤として開発が進められてきたものである.超音波と「泡」は強く相互作用し,医療診断装置の進歩とともに,鮮明なイメージを医師に提供することによって,ガンの早期診断などに活用されている.さらに重要なことには,「泡」の殻や内部に薬用成分を含ませることにより,リアルタイムで病変患部を観察しながら,「泡」の輸送や破壊を超音波で制御して,ドラッグデリバリーや治療を実現しようという試みが実を結びつつある点であろう.

これら3つの「泡」はお互いの存在を意識しながらも,相互の交流はあまり活発ではなかった.今回,マテリアルインテグレーション誌よりお話をいただいた時には,どうなることかと大変心配であったが,それぞれの分野を代表する第一線の研究者の方々に原稿をいただくことができ,3つの「泡」を見通せる,良い特集号ができたのではないかと感じている.本特集を契機に3つの「泡」の交流が活発化することを期待している.また,これまで,「泡」とあまり付き合いのなかった読者の方々にも,これを機会に「泡」を見直していただければ,特集担当者としては大きな喜びであり,ビールの泡も美味しくいただける.

最後になりましたが,ご多忙のなか,執筆をご快諾いただいた著者の方々に厚く感謝申し上げます.