マテリアル インテグレーション 2008年1月号
プラズマからChemistryを取り出してモノをつくる


総論−ScとY
大阪大学大学院工学研究科 教授 今中 信人
大阪大学大学院工学研究科 准教授 増井 敏行

イットリウム(Y)は,原子番号39の元素であり,銀色の金属である.第5周期,第3属の遷移元素であるが,その電子配置とイオン半径の大きさが,ランタノイド(La〜Lu)に類似していることから,希土類元素のひとつとして分類されている.その応用は多岐にわたっており,先端材料には欠かせない元素のひとつとなっている.

酸化イットリウム(Y2O3)は最も重要なイットリウム化合物で,数多くの応用がなされている.ブラウン管式カラーテレビや,蛍光灯,液晶バックライトの赤色を発色する蛍光体は,これを原料としてつくられたYVO4:Eu3+,Y2O2S:Eu3+,およびY2O3:Eu3+が使用されている(本特集第4章).また,液体窒素温度以上で超伝導体となる,Yba2Cu3O7-δ(YBCO)複合酸化物は極めて有名である(本特集第5章).さらに,酸化イットリウムは立方晶の安定化ジルコニアの形成に極めて有用な役割を果たしており,その高い機械的強度は構造材料としてふさわしいだけでなく,ジルコニア中に酸化物イオン欠陥を生成させることで酸化物イオン導電性を著しく向上させる.この機能は自動車用の酸素センサ用材料として実用化されている.そして,これらの知見を生み出すには,状態図に関する検討が欠かせない(本特集第1章).

イットリウム・鉄・ガーネット(Y3Fe5O12)は有用なマイクロ波フィルタであるほか,音響エネルギー発信機および変換器として有用である.イットリウム・アルミニウム・ガーネットにネオジムやエルビウムを固溶させたものは,機械加工用や歯科医療用の赤外線レーザーとして使用される.セリウムをドープしたイットリウム・アルミニウム・ガーネット(Y3Al5O12; YAG)は黄色の蛍光を示すため,青色発光LEDと組み合わせて,白色LEDとして実用化されている.また,硬度が8.5もあるため,宝石(模造ダイヤモンド)としても用いられる.最近では,Y90の微小球が,切除不可能な肝細胞癌の放射線治療剤として応用できることが示された.このほかにも,イットリウムは,窒化ケイ素の焼結助剤や,低い熱膨張特性を利用して陶器やガラスの強化剤としても用いられる.

一方,スカンジウムは,原子番号21の元素であり,銀白色の金属である.イオン半径が他の希土類元素に比べ小さいが,周期表においてイットリウムと同じ3族元素にあるため,これも希土類元素のひとつとして分類されている.様々な材料において華々しい活躍をしているイットリウムに比べ,スカンジウムは地味である.軽量で,強度が大きい高機能素材であるアルミニウム−スカンジウム合金(Al3Sc)として,航空宇宙用部品,スボーツ用品 (自転車,野球のバット,射撃,ラクロスのスティックなど) の材料として用いられているものの,軽さや強度が近く,価格の安いチタンの方がはるかに多く利用されている.他には,ヨウ化スカンジウムが水銀灯の明度向上の添加剤として用いられることや,トリフルオロメタンスルホン酸スカンジウムが,有機化学においてルイス酸触媒として用いられるぐらいである.

このように,スカンジウムは工業的な応用があまりないため,酸化スカンジウムの価格は酸化イットリウムと比べ,試薬レベルで10倍,工業レベルでは約1000倍となっている.幅広い用途がないので価格が下がらないという悪循環を断ち切るためには,スカンジウムの新しい用途を切り開くしかない(本特集第2章).

こうした中,安定化ジルコニアの添加元素として,イットリウムよりもスカンジウムを加えた方が,酸化物イオン伝導性は高くなることはずいぶん前から知られていた.近年,燃料電池の固体酸化物燃料電池の電解質として,工業生産されるようになった(本特集第4章).また,白色LEDの演色性を高めるために用いられる緑色の蛍光体として,スカンジウムの複合酸化物を母体とする新しい材料がごく最近開発された(本特集第3章).また,スカンジウム錯体が,従来の有機合成触媒にはみられない特異な重合活性や反応性を持つことが見いだされた(本特集 第6章).スカンジウムを伝導種とする新しいイオン伝導体(本特集第8章)や,電子移動化学における重要な役割(本特集第7章)など,これまで思いもよらなかった新しい事実も見いだされている.これらの成果により,これまで高価であるため,研究開発があまり進まなかったスカンジウムが安価に供給されることが期待される.

本特集では,華々しい活躍を続けているイットリウムと,これからの活躍が望まれているスカンジウムに焦点を当て,これらを用いた材料に関する選りすぐりのトピックスを集めた.本特集がこれらの元素の新たな応用を切り開く突破口となることを願っている.