マテリアル インテグレーション 2006年11月号
ウルツァイト化合物の合成と物性


特集によせて
独立行政法人 物質・材料研究機構 物質研究所 電子セラミックスグループ 羽田 肇

ヘテロウルツァイト化合物とは,具体的にはウルツァイト型構造を持つZnO,および窒化物半導体、さらにそれらから構成される固溶体やヘテロ構造体を総称としたものである.これらの材質は,電子セラミックス材料あるいは発光材料として,益々重要なものとなっていることは言うまでもない.とりわけ酸化亜鉛は,その応用範囲がきわめて広く,ゴム加硫促進補助剤等の古典的なものから,バリスター,表面弾性波フィルター,ガスセンサー等のファインセラミックスのカテゴリーに入るものまで多種多様に展開している.さらに最近では,ZnOがGaNと似た発光挙動を示すことから,注目を集めている.

当研究グループでは,粉体,単結晶,薄膜,多結晶を含んだ広義の意味でのセラミックスの合成とその性質を調べる事を主務としてきた.この際,いずれの形態の材料においても,材料の持つ欠陥構造と物性との因果関係に着目した研究に取組むことを特徴としている.特に,セラミックス特有の非平衡性の理解が新たな材料展開につながるという認識から,この分野にも注力した.

本研究の目的は,基本的には,ヘテロウルツァイト化合物中の欠陥間の相互作用を解明し,新たな現象の発見や新規物質の探索にあった.本特集内容にあるように,薄膜中における非平衡欠陥の役割解明、酸化亜鉛のパターニングのキャラクタリゼーションや可視光応答光触媒のメカニズム等,新しい現象や材料に発展する多くの成果が得られた.とりわけ,酸化亜鉛薄膜中のマグネシウムイオン過剰ドーピングをPLD法により達成し,酸化亜鉛薄膜における非平衡欠陥が単純なものでなく,複数の安定化機構が存在する可能性を示したことは重要である.このことにより,非平衡欠陥化学に対して大きな貢献をしたもの,と自負している.

当初5ヶ年を予定していた計画が3カ年に短縮されたことにより,発足時の目標のうち十分意は達成できなかった事項もある.高濃度固溶によるバンドエンジニアリングに関わる問題も,その一つである.酸化亜鉛薄膜においては,平衡固溶限を超えたマグネシウムイオンを固溶させた薄膜を形成することができたが,それらの薄膜では,化学組成に対してバンド幅が非線形に変化するような,いわゆるバンドボーイングの挙動は見られなかった.また,同材料を用いたヘテロ接合界面で,バンドオフセットやバンドギャップの違いに起因すると思われる非線形的なI-V特性を得ることができたものの,その定量的な解釈は未解決な問題として残されている.また,ヘテロ構造の三次元化という事項も,漸くその端緒についたと言っても過言ではない.すなわち,最終的な目標ともいえる欠陥や添加物をともなったナノ領域あるいはクラスターと真性固溶体との物性的な相違を明らかにし,新たな材料展開を計る上で,その技術的ツールを確立した段階といえる.

一方,「ヘテロウルツァイト化合物」に先立つ「酸化亜鉛基化合物」の課題を通して電子セラミックスグループにおける研究を概観した場合,その研究の意義は,新たな段階に達していると認識している.これらの研究を推進する間,ウルツァイト化合物,とりわけ酸化亜鉛の研究動向が,単なる基礎的な研究から,応用を見据えた研究に大きく展開しており\cite{haneda1},我々の研究も軌を一にした変化を遂げている.物質・材料研究機構が第\RmII 期中期計画に入るこの時期を好機ととらえ,我々は,本グループを,応用を見据えた基盤研究を目指す二つ方向の研究に発展させていくこととした.すなわち,「ヘテロウルツァイト化合物」,および「酸化亜鉛基化合物」というこれまで行ってきた二つの研究課題進捗と,それを取り巻く周辺状況の視点から,発光を中心とした光学材料への展開(光電機能グループ),ならびに表面・界面機能を利用した材料への展開(センサ化学グループ)という二つの方向が,新たな研究の方向付けとして顕在化してきており,今後はこれらの方向の研究を推進していく.

本特集にみるように,ウルツァイト化合物は発光材料として有望である.純粋な酸化亜鉛バンド端発光は,380nmであるが,固溶体形成によりその波長を短波長側にシフトしうること,さらに、欠陥制御によってその発光効率を大幅に改善できることが示された.これをさらに発展させることで,波長300 nm代を中心とした近視外域での発光・受光材料・デバイスの実現が期待される.一つの新たな研究展開として,かような研究分野に踏み込む.具体的には,この波長領域で高速・高効率の発光の実現を目指し,酸化亜鉛,酸化ガリウム,窒化アルミニウムなどのセラミックス半導体に関するさらなる知見の充実と,ナノレベルでの構造制御技術を開発する方針である.このような分野において,導電性制御,p-n接合形成やヘテロ界面制御が,とりわけ重要である.ヘテロ界面における自己組織的な緩衝層の形成や複合欠陥の形成が,ヘテロ界面制御,導電性制御に大きく寄与することは,本特集においても随所で主張しているところである.したがって,「ヘテロ」の基本的な考え方を踏まえることで,新たな材料・デバイス発展,あるいは新奇現象の発見につながるもの,と考えている.

また,近年は安全・安心な社会の形成,という立場から,改めてセンサの研究開発が脚光を浴びてきている\cite{haneda3}.表面化学反応の観点から,触媒材料と化学センサ用材料は,お互いに表裏一体をなす材料である.そこで,社会的なニーズに応える研究方向として,新奇化学センサの研究にも取り組む所存である.これまでの化学センサは感度向上のために,ポーラスな粉体あるいは単純な薄膜を利用していた.我々は,酸化亜鉛ナノ粒子を単層粒子として二次元的にパターニングする技術を開発している.酸化物半導体を単粒子層化することで,ポーラス粉体材料と異なった表面化学反応が期待できる.また,センサの系を単純化することにより,センサ機能を支配する因子をより明確化できる,と考えている.

近い将来の研究展開は,以上のように考えているが,次々世代の新たな展開を可能とするシーズを育成するには,地道な基礎研究も不可欠である.そこで,両グループは「電子セラミックス」という共通のカテゴリーの下に連携した研究開発も持続的に行っていく所存である.単に、物質・材料研究機構の内部組織のみによる研究にとどまっていては,そうした次々世代の新しいシーズを開拓して行くことは難しい.外部機関の強力な支援あるいは連携があって初めて可能であると考えている.