マテリアル インテグレーション 2005年6月号
特集 バイオセラミックス


バイオセラミックス特集にあたって
独立行政法人物質・材料研究機構生体材料研究センター 主任研究員 菊池 正紀

筆者が初めてバイオセラミックスという言葉を目にしたのは,今から二十余年前,まだ高校生になるかならないかの頃であった.ファインセラミックスという言葉が一般にも認知されはじめ,Newtonなどの一般科学雑誌でバイオセラミックスが大々的に取り上げられた時のことである.1969年のHenchによるBioglassの報告に始まり,青木らによるアパタイトセラミックスの研究を嚆矢とする生体活性セラミックスの研究が盛んになったのが1970年代,ペンタックス(当時旭光学)が日本初のアパタイト補填材料を上市したのが1985年であるから,ちょうどアパタイトセラミックスが実用化目前で「生体組織と一体化する夢の材料」として注目されていた時期と一致する.当時,一般人に目に触れるバイオセラミックスと言えば,ほとんどがアパタイトとアルミナであった.アパタイトは,上述の通り骨に直接結合する生体活性セラミックスで,アルミナは,生体と全く反応しない生体不活性セラミックスである.小久保らは,生体活性セラミックスを「生体内で材料表面に骨の中と同じ大きさのアパタイト微結晶が析出し,それを介して骨と直接結合するセラミックス」と定義しているが,その後の研究の発展は,この言葉の定義を越えて,まさに「生体活性」と言える材料を生み出してきている.

硬いセラミックスの応用では王道とも言える人工骨材料では,ペースト状の材料や,骨に良く似た硬くて軟らかい材料,骨の再生を助ける薬理機能を持った材料など,これまでにない機能性の高い材料が開発されているし,生体の持つ自己治癒能力を利用した「再生医療」に対応するための,生体吸収性セラミックスあるいはセラミックス/ポリマー複合材料の研究開発も精力的に進められている.また,ドラッグデリバリーシステムのための薬剤担持材料,靱帯の再建を促進する材料,カテーテルの体への出入り口での細菌感染を押さえる材料など軟組織への応用も進んでいる.さらに生活に近いところでは,生体高分子に対する特異な吸着能を応用して,花粉症対策のマスクなどにアパタイトが使用されているし,最近のヒット家電の一つ,空気清浄機の抗菌消臭フィルター材料から,診断のためのバイオチップまで,バイオセラミックスの応用範囲は広がってきている.

今回,本誌の編集代表であられる一ノ瀬昇先生から,バイオセラミックス特集のお話をいただき,物質・材料研究機構の田中順三生体材料研究センター長および産業技術総合研究所の伊藤敦夫先生と共同で,執筆内容と執筆者を決定するにあたっては,@電子セラミックスの研究者にも興味の持てるような話題を必ず含め,A現在の最先端のバイオセラミックス研究を紹介すると共に,B近隣国の現状も紹介することで,読者に興味を持っていただけるようにすることを心がけた.また,今回の特集と同様の企画が日本セラミックス協会発行の「セラミックス」でも持ち上がっているため,そちらと内容が重ならないように気を配った.本誌の読者には「セラミックス」も購読されている方が多いと思うので,今回の特集でバイオセラミックスの現状に興味を持たれた方は,是非あわせて読んで頂きたいと思う.

最後になりましたが,お忙しい中執筆をご快諾くださった執筆者の皆様には改めまして深く感謝いたします.