マテリアル インテグレーション 2005年3月号
特集 いろいろつかえるソノケミカル(1)


特集によせて
九州大学大学院 工学研究院 応用化学部門(機能) 榎本 尚也

 最近気づいたトリビアであるが,わが国の誇ったギネス認定最長寿(116才)の本郷かまとさん(通称かまとバァちゃん)の生誕は1887年で,かのEirwin S“Schrodinger”と同じである.彼の方程式以前には,二つの水素原子から水素分子を生ずる理由が明確に説明できなかったことを考えれば,それ以後における科学技術の爆発的発展は今さらながら驚愕に値する.もしも,“Schrodinger”自身が三桁ほどに存命であったら,現代科学の凄まじき進歩をどのように感じ取ったであろうか?

さて,波動方程式発表の翌年(1927),RichardとLoomisによって“The Chemical Effects of High Frequency Sound Waves”という論文がJACS誌に掲載された.これはさまざまな超音波化学現象を多角的に捕らえた画期的なもので,ソノケミストリーの原点的な論文とされている.その頃は天然の水晶振動子しかなく,周辺技術も限られたはずで,天才的な着眼と実験能力に敬服するほかはない.しかしながら,この研究がソノケミストリーの“Schrodinger”であったかといえば否である.

ソノケミストリーの本質は,気泡(バブル)の膨張/収縮運動にある.
波動方程式が電子のふるまいを記述したような,気泡のふるまいを記述するための方程式は1950年に導かれた.この方程式により気泡内部の最高温度が10,000Kにも達することが予言され,その後,多くの実験家によって,局所的かつ瞬間的な高温高圧場の実在が確かめられて,ソノケミストリーは着実に進歩してきた.

科学技術の発展が,「(I) 興味ある現象の発見」→「(U) それを裏付ける理論の構築」→「(V 理論に基づく更なる進化」というステージを辿るものだとすると,ソノケミストリーの歩みを,ポスト波動方程式におけるエレクトロニクスなどの近代科学技術の飛躍的発展と比べるのは,いささか分が悪い.相手が悪すぎるといえばそれまでだが,今,ソノケミストリーはどこにいるのだろう?

実験的には多数存在する気泡同士の相互作用を正しく考慮した運動方程式を導くことは容易でない.この点から,第(U)ステージは必ずしも確立されていないかもしれない.逆に1980年後半(奇しくも日本のバブル崩壊の頃)になって,シングルバブルの実験的研究が成功し,多くの理論物理学者が興味を示した.この「多くの人が興味を示す」というのがある意味,最重要であり,そのためにはやはり第(I)ステージに立ち戻って,ソノケミカルでしか得られないスーパースターな現象やマテリアルが次から次へと出てきて欲しい(創りたい)と思う.

特集号のタイトルにある通り,ソノケミストリーは実に多様な分野で応用されている.この特集号企画を命じられた当初は,「(固体というニュアンスを含んだ)材料」の話に限るべきか一瞬悩んだが,それではソノケミストリーの一端しか伝えられない.編集部より「本誌は,たまたまセラミックスからスタートしただけで,ソノケミストリーの魅力を引き出せるような企画にして下さい」という言葉に励まされ,マテリアルとは「物質」であるから何でもアリだと解釈して,広い分野の研究者の皆さまに執筆を依頼する運びとなった.さまざまな内容を含んだ本特集号が,さまざまな視点から読まれたときに,何か新しい興味が生まれるようであれば,このうえない喜びである.

ご多忙の中,執筆をご快諾下さった著者の皆さまに厚く感謝申し上げます.