マテリアル インテグレーション 2003年6月号
特集 フォトニクスデバイスの開発


巻頭言
京都大学大学院工学研究科 教授 平尾 一之

20 世紀後半から始まった高度情報化社会の出現を可能にした最も大きな要因は,IC(Integrated Circuit,集積回路)を基本とする半導体集積化技術の発展に他ならない.たとえば,発明当初には一部屋を占有していたコンピューターは,持ち運びが楽に出来るサイズにまで改良された.このような半導体を利用した技術の隆盛が20 世紀後半をエレクトロニクスの時代に変えたわけである.しかし,電子による情報の処理時間や方法には限界がある.それを改良するための技術として有望視されているのが,エレクトロニクスに光技術を取り込んだ光エレクトロニクス,あるいは光技術に重点をおいたフォトニクスと呼ばれる光学技術である.フォトニクスでは光信号の伝送,増幅,記録,スイッチ等,電気回路と同様のデバイスやシステムが求められる.エレクトロニクスで実現しているICやLSI(Large ScaleIntegrated Circuit,大規模集積回路)に相当する光集積回路が作製されれば,光コンピューターの開発も促進されるであろう.また,現在の大都市間を結ぶ幹線系光通信の主流は,一本のファイバーで波長の異なる多くの光信号を一度に伝送することが出来る波長多重(WDM, Wavelength Division Multiplexing )方式である.この技術がやがては都市の内部,すなわちメトロ系でも使われようとしており,現在のADSLの10倍以上の速度の通信が各家庭でも可能になる.WDM 方式では,いくつかの波長の光信号を合わせたり分けたりするデバイスが必要である.合分波デバイスでは信頼性の高いガラス材料で形成された光導波路型が多用されているが,幹線系用に開発されたデバイスは大規模で高価なものが多く,メトロ形で強く求められる低コスト化と小型化には向かない.すなわち,メトロ形で使用される光デバイスの多くは,マンホールの中や電柱に設置されるため,狭い場所に収納でき,かつ温度や湿度の変化に対して安定でなければならない.
 このようなフォトニクスの基盤となるデバイスや材料を開発する目的で,様々な物質の物性や合成に関する研究が活発に行われている.一つは単結晶,微粒子,薄膜を中心とする無機結晶であり,物性の側面から眺めると,多くの半導体,誘電体,磁性体,蛍光体の光機能性が調べられ,実用化が図られている.コンパクトディスクやバーコードの読み 取りに使われる半導体レーザー(レーザーダイオード),光通信の戻り光を遮るための光アイソレーターとして用いられる磁気光学結晶,カラーテレビ等のディスプレイに利用される蛍光体結晶など,その例は枚挙に暇がない.
 一方で,無機ガラスや有機高分子(プラスチック)は,可視域を中心とする広い波長範囲で光の透過率が高く,加工性や成型性にも優れ,種々の光活性イオンや分子を溶かし込むことができるといった長所をもち,特に前者は機械的強度や熱的安定性にも優れているため,無機結晶と並ぶ重要なフォトニクス材料となっている.周知の通り,酸化物を中心とする無機ガラス物質はレンズやプリズムのような光学部品として様々な分野で実用化されており,一部のガラス材料は,レーザー,光通信用ファイバー,光メモリーなどとしても用いられている.
 また,最近フォトニック結晶と呼ばれる周期的な屈折率分布を持つ構造を半導体や高分子,ガラスなどに作りこむ研究が多くなされるようになってきた.これにより,光を材料内部に閉じ込めてレーザー発振させたり,ある特定の波長のみを透過させるフィルターを形成したり,光を急峻に曲げる光回路を作るなど,応用面への展開が図られつつある.
 また,光だけでなく,電波への応用も期待されている.したがって本特集では,フォトニクスデバイスの中でもこのような新規なフォトニック結晶を中心に据えるとともに,それ以外の興味深い光機能性をデバイスも合わせて詳しく解説して頂き,今後の実用化の可能性を提言して頂くこととした.御一読頂ければ幸いである.