マテリアル インテグレーション 2003年4月号
特集 排ガス浄化触媒用セリア-ジルコニア固溶体の新展開


巻頭言
(株)豊田中央研究所 材料分野第31研究領域 須田 明彦

新材料の開発が,エレクトロニクスや新エネルギー,航空,宇宙といった最先端技術分野のキーテクノロジーであるという言葉をよく耳にする.何れの技術分野でも,単純なものから高度に複合化された技術に至るまで,新材料がその成功の鍵を握る場合が多いことは,世の中の一般的な認識である.三元触媒を用いた自動車用排気浄化システムは,単に触媒コンバーターを排気管につけるというだけでなく,排ガス中の酸素濃度を酸素センサーによってセンシングし,燃料の噴射量と吸入空気量を精密にコントロールすることで,三元触媒の浄化性能を最大限に発揮させる高度に複合化された技術の例である.現在ガソリンで走る車のほとんどがこの技術を用いている.この三元触媒を用いた自動車用排気浄化システムにおいても,新材料が成功の鍵を握っていた.一つは,酸素センサーに用いられているジルコニア製固体電解質であり,もう一つが,酸素貯蔵材としてのセリア-ジルコニア固溶体である.酸素センサーについては,色々な場で既に取り上げられており,また,本誌2003年2月号のセリウムに関する特集の中で,セリウムを含む酸化物系酸素貯蔵材料については概説されている.そこで,本特集では,酸素貯蔵材の本命として大量に使用されるに至ったセリア-ジルコニア固溶体に焦点を当て,その機能や開発の歴史,開発の基礎となる研究,発展途上の最新の技術まで紹介することを主旨とした.
三元触媒にセリア-ジルコニア固溶体を添加すると,触媒活性が飛躍的に向上する.これは,セリア-ジルコニア固溶体が持つ酸素貯蔵能(セリウムイオンの酸化還元に伴い酸素の吸放出を行う機能)により,触媒表面上でのCOや炭化水素の酸化反応とNOxの還元反応の両者が同時に促進されることによるものである.詳細は特集の本文に譲るが,三元触媒と共に発展してきた排ガス浄化触媒用セリア-ジルコニア固溶体は,現在デファクトスタンダードと言っても過言ではない状況である.一方,排ガス浄化触媒用セリア-ジルコニア固溶体は,ガスとの相互作用を高く保ち,かつ,担持された貴金属を高分散状態で保持する必要が有るため,高温に曝されても容易に焼結せず,高比表面積を保たなければならない.1000℃付近の高温まで高比表面積を維持できる排ガス浄化触媒用セリア-ジルコニア固溶体の開発は重要である.
材料の機能と微構造との関係を解明することは,材料科学における研究の基本的な進め方である.この排ガス浄化触媒用セリア-ジルコニア固溶体の研究においては,酸素貯蔵能,耐熱性等の機能と,結晶構造,凝集構造,Pt等触媒活性点の分散状態等の微構造との関係は興味深いものである.近年,地球環境維持の動きが活発になり,自動車排ガス規制がますます厳しくなりつつある中,排ガス浄化触媒用セリア-ジルコニア固溶体にも特性向上が求められている.それを受け,酸素貯蔵材としてのセリア-ジルコニア固溶体に関する研究が増えつつある.さらに高性能な酸素貯蔵材を開発するためには,結晶構造の理解,凝集構造,表面構造,酸化還元挙動等の解明は,不可欠なアプローチと考えられる.
本特集では,冒頭で排ガス浄化触媒用セリア-ジルコニア固溶体に関する開発の歴史に触れ,次に熱力学的な相平衡の中でのセリア-ジルコニア固溶体の位置付けを,そして,さらに高性能な酸素貯蔵材開発のための合成や評価に関する最新のアプローチを解説頂く.本特集が,排ガス浄化触媒という狭い技術分野に限定された特殊な技術としてでだけはなく,機能性セラミックス材料の研究開発のケーススタディーとしても読者の方々に広く参考にして頂けることを願っている.