マテリアル インテグレーション 2003年2月号
特集 いま,セリウムがおもしろい


巻頭言
大阪大学大学院 工学研究科 今中 信人 増井 敏行
京都大学 化学研究所 杉山 卓


 「希土類元素」という言葉は今やなじみとなったようだが,「セリウム」という元素名を耳にしてすぐにわかる人はまだ少ない.化学者のなかでも希土類元素を扱った,あるいは学んだ人でなければピンとこないであろう.しかしながら,この「セリウム」は,結構「使える」元素なのである.とりわけ無機化学工業において,その活躍はめざましい.初の工業製品であるガスマントルをはじめ,現在でも自動車排ガス浄化触媒,紫外線カット,ニッケル水素電池,顔料,研磨材,発光材料など,その応用範囲は非常に多岐にわたっており,目立ちはしないが我々の日常生活と深く関わっているのである.資源的にもセリウムは希土類元素の中で最も豊富であり,地殻中の存在量はよく知られているニッケルや銅と遜色ない.
 無機化学においては,セリウムの化合物はいわば「主役」であり,その材料自身に由来する特性が応用され,実用化されている.とりわけセリウムイオンが+3 価と+4 価の2 つの価数をとりうることに基づく酸化物の不定比性を利用した製品や,電子構造に由来するバンド間遷移を利用した製品が開発されている.また,他の金属と組み合わせることにより,セリウム単独では見られない新しい物性が出現するなど,多彩きわまりない.まさに「いま,セリウムがおもしろい」のである.
 一方,有機化合物の構成元素という観点からすると,有機反応における主役は炭素,酸素,窒素,水素であり,セリウムが主役になることはない.セリウムは,反応に関して,いわば「調味料」的存在である.しかし,このことは決してセリウムが重要ではないという事を意味しているのではない.事実,有機化合物との付き合いも極めて古く,およそ80 年の長期にわたって有機化学の世界で酸化剤としての地位を築いてきた.そして,今なおわれわれはセリウム化合物による有機化合物の酸化に関する論文を少なからず目にする.しかし,それは現在では日常的な手法として確立してしまった感じを持つことも認めざるを得ない.このことは,今われわれがセリウム元素を用いた新しい有機化学反応を見いださなければならぬ時を迎えている事を意味しており,また,セリウム自身もそれに対する大きな可能性を秘めている.それ故「いま,セリウムがおもしろい」のである.
 有機化学者がセリウム(他の希土類元素に対しても同じであるが)について語る時に必ず挙げるいくつかの性質があるが,その中の最も興味をひくものの一つに,「大きな配位数をもつ」という性質がある.この性質はセリウムがいくつかの配位子を配位させる事によって錯形成することに加えて,反応する化合物をもセリウムの影響下に置くという能力を併せ持ちうる可能性を秘めていることを示唆している.このような超分子錯体触媒の構築は決して容易な事ではないが,我々に期待を抱かせる点において,セリウムは「おもしろい」元素の一つであるといえよう.
 本特集を契機として,今後多くの方々がセリウム元素を含む化合物に興味を持ち,これらが有する可能性の本質を明らかにすると共に,可能性を現実のものとして新しい社会のニーズに対応するために,さらなる研究に邁進され輝かしい成果を挙げられることを願っている.