マテリアル インテグレーション 2002年5月号
特集 機能に富んだ材料シリコン


巻頭言
奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 金光 義彦

 20 世紀は,トランジスターや集積回路さらにはレーザーの開発に代表されるように,半導体の世紀であったといえる.中でも半導体電子デバイスの分野の発展は,シリコンサイエンス・シリコンテクノジーの驚異的な発展によるところが大きい.シリコンテクノロジーは,他の材料・技術を全く寄せつけない大きな存在である.材料としてのシリコンが単に地球上で資源が豊富な元素であるという理由だけでなく,単元素半導体としての安定性,良質な表面酸化膜による表面パシベーションなど,シリコン自身が持つ,すぐれた物理的・電気的性質によるところが多い.当然,シリコンは今後のエレクトロニクスの中心的存在であること疑う余地もない.
 現在の情報化社会を支える技術として,シリコンテクノロジーのほかに,レーザーダイオードに代表されるように光デバイス技術がある.急速に発展する光デバイス技術も,新しい材料の開発によるところが大きい.しかし,電子デバイス分野のシリコンとは異なり,光デバイスがカバーすべき範囲が非常に幅広いために,いろいろな物質が研究され実用化されている.その中でもレーザーダイオードは,III‐V 族半導体化合物から作製されている.電子デバイス材料であるシリコンと発光デバイス材料であるIII‐V 族半導体の融合を図るときに,それぞれの材料間の格子定数の差などにより,シリコン回路中にIII‐V 族結晶を組み込むことは容易ではない.電子デバイス材料シリコンと相性の良い機能性材料の開発は,革命的デバイス開発のための一つのトレンドでもある.シリコン自体が発光材料や磁性材料さらには超伝導材料になれば,シリコン電子デバイスと一体化した全く新しいデバイスの創成につながる.
 シリコン材料の限界や問題点が指摘されているが,新しい量子構造や合金構造の作製,さらには高い不純物濃度のドーピングなどが可能になってきた現在,新しい機能性材料シリコンはこれまで化合物半導体が主役であった分野へ挑戦しようとしている.シリコンが,ナノ構造や化合物構造をとることにより,様々な特性を示す物質群に姿を変貌するならば,たったひとつの物質(またはひとつの物質をもとにして)さまざまな特性を示すデバイス開発が可能となり,全く新しい物質科学やデバイス工学の分野の創出を意味する.シリコンベースの材料の特性が,それぞれの分野のチャンピオンでなくても,一つの材料ですべての特性をカバーできる意義は非常に大きい.複合化デバイスの開発により従来の発想では思いもつかないユニークなデバイスの開発が可能となるであろう.環境にやさしいあるいは資源が豊富な材料で,新規な物性研究やデバイス開発を行えることは大きな魅力である.本特集では,新しいシリコン材料の魅力を第一線で活躍されている研究者に紹介していただいた.本特集を通じて,新機能性材料としてのシリコンの魅力を少しでも感じていただければ幸甚である.