マテリアル インテグレーション 2002年4月号
特集 21世紀に活躍するベンチャー企業


巻頭言
大阪大学産業科学研究所教授 新原 晧一

 世界単一の経済社会が成立する時代(経済のグローバリズム),勝ち組が全てをとる高度情報化社会(デジタル社会)において,企業は言うに及ばず国が豊かに生き残るためには激化する経済競争に打ち勝つ以外に道はない.即ち,21世紀には,新しい産業分野を求めるにしろ,既存の産業分野を充実・拡張するにしろ,独創的で他を差別化できる技術開発に成功した企業のみが生き残れると考えられる.別な見方をすると,21世紀は創造的な技術を生む研究者・技術者を大切にし,独創的なアイデアに基づく研究開発を遂行し,成功した企業・グループが大成功を納めることが可能な時代であり,小が大を飲み込む事が可能で,更に個人の独創性を活かしたベンチャー企業の出現が容易になる時代になると考えられる.
 21世紀は多くの人々が個人的に大きな成功の夢を持つことが出来る時代になるはずと結論した.この動向は,政府も我が国の国際競争力を強化するためには知の創造拠点ある大学の研究成果を新産業の創出に結びつけることが必要で,今後の3年間で「大学発のベンチャー企業1,000社創出」を可能とする環境を整備しようとしている事からも明らかである.しかし,大学で働く人々で,これらのことを実現可能と信じている人はごく少数であるような気がする.その理由は何であろうか!
 このことを明らかにし,種々の問題点を突破して,大学で働いている多くの方々が,新産業創出を可能にする産業界への技術移転に積極的に取り組まれることを,また,自分達で大学発ベンチャーの起業に夢を持って積極的に取り生まれることを願って,本特集号ではベンチャー企業に焦点を当てることにした.この目的に添って,本特集号においては,大学発ベンチャー企業への社会的要請と現実の間にある問題点を明らかにし,21世紀の日本を夢のある国に変えることを願って,大学発ベンチャーを起業された方々に,技術的背景,人材確保,規制の問題,資金,マーケット等に関して,また企業創立に関連して得た多岐にわたる知見に関して寄稿いただくように依頼した.
 多忙に関わらず執筆頂いた論文を整理し,総論には,大学発ベンチャー起票への期待,国の取り組み方,産官学の協力体制の整備,資金支援の整備等についてまとめていただいた,近畿経済産業局の佐々木朱美氏の論文と,実際にベンチャー企業を創立された経験のある,長岡技術科学大学の石崎幸三教授と和歌山大学の石黒浩教授に大学人の立場からベンチャー企業創立に関して得た様々な知見をまとめて頂いた論文を収録した.それに引き続き,国内の大学からベンチャーを起業された5人と隣国の韓国で大学発ベンチャー企業を創立された6人と独でベンチャーを起業された1人に,それぞれの技術的背景,会社の内容,起業の際の問題点,ベンチャー企業を夢見ている方々へのコメントをまとめて頂いた12の論文を収録した.この特集号が,大学発のベンチャーを考えている方々の役に立つことを切に希望している.
 以下には,著者が本特集号の原稿を依頼する際に気づいたこと事を,以前からの私見を含めて紹介したい.著者が材料系で働いていること,また今までの日本を支えてきた日本の製造業の活性化に著者が得に興味を持っている理由等から,本特集号では新しい材料・製造業に関係したベンチャーを取り上げる計画であった.しかし,日本では大学発ベンチャー企業はいまだに数が少ないのみならず,その中でも材料や製造に関係したベンチャー企業は非常にまれで,その故に韓国の友人に原稿を依頼せざるを得ないことになった.
 その際に感じたことは,“韓国では大学発ベンチャー企業が短時間に輩出し,また材料や製造に関連したベンチャーも数多く創立されているのに,また欧米でもその傾向にあるのに,何故に日本ではこの分野のベンチャー起業の創出が出来ないのであろうか”と言うことであった.本特集号で収録させて頂いた論文では,この件に触れていないようなので,韓国との対比でこのことを考えてみたい.
 ・韓国では,1999年に生じた経済破綻に関連し,2000年3月から国立大学に関する種々の規制が撤廃された.その中で,大学発ベンチャー企業輩出に最も影響を与えた規制撤廃は,「大学の装置をベンチャー企業の研究開発に自由に使用できる.また,学生を身分を保ったままベンチャー企業の職員として採用できる」であった.
 ・経済破綻とIMFの介入により,国立の研究機関で働いていた研究者の20%が話し合いの機会もなく2000年3月初旬に一斉に職を失い,彼らの多くがベンチャー企業へ資金を提供する機関に移り,資金の申し込みの審査・決定に
 大きな権限を与えられ,彼らが,製造業関係のベンチャーに判断良く積極的に資金を提供した.即ち,韓国では短期的には大きな成果が期待出来なくとも,長期的には新しい材料に関連した企業を起こさない限り,国としての長期的な成功は望めないとの認識を持っていた人々が,ベンチャー企業への支援に実際的に貢献する立場にいたことになる.
 ・政府機関等の意志決定とその実行が極端に短い時間で動くように組織の大胆な変革が行われた.極端な場合は,若い行政機関の職員のアイデアが2ヶ月で国の施策として決定出来るようになった.即ち,韓国では種々の意味で今の時代に最も重要になってきた「スピード・時間」に直ちに対応できる組織改革が行われた.
 ・経済破綻に関連して起こった見聞に影響され,大学で働く研究者の意識に大きな変化が起こり,起業創立の機運が急速に拡大した.その為に,この規制撤廃から1年以内に6,000に及ぶ大学発ベンチャー企業が輩出した.これらのベンチャーの80%は情報関係であったが,20%は製造業関係で,それを支える資金援助(税金問題も含む)の環境も整えられた.
 一方,日本においても大学に関する撤廃は取り外されようとしているが,実際には遅々として進んでおらず,それらとも関係してか,大きな期待がもたれているにもかかわらず大学発ベンチャー創立の機運はいまだに盛り上がっていない.この理由は以下の様にまとめられるかもしれない.
 1 企業への技術移転に必須な技術顧問への就任に関してさえ,OKになったにも関わらず,勤務時間外(土,日)でしか許可が出ない.
 2 国家公務員法にも未だに縛られており,積極的に企業への技術移転に関与したくとも,いつ問題とされるか誰に聞いても明確な回答は得られず,積極的に動くには躊躇せざるをえない状況がいまだに残っている.
 3 大学に対する最近の強い社会的要求とも関連して,様々な新しい業務が与えられ,その為に極端に多忙になり,新しい発想をするに十分な時間が奪われ始めている.
 4 製造業に関連したベンチャーを起こすためには,当然のこととして大きな資金がいる.しかし,失敗した場合を考えると,製造業関係でベンチャーを創立した場合の負債はかなり過大になる.
 5 日本においては一度失敗したら全てに関してダメ人間とのレッテルを貼られ全人格と人生を一挙に失う事になる場合が多い.
 この様な条件・環境が日本で製造業へのベンチャーの企業の参画を難しくしているのでは考えられる.
これらに加え,日本でベンチャー企業の創立が少ない理由としては,上記の理由以外に別次元の問題が有るように思われてならない.それは,日本では大学でも企業においても新しい企業の創立に繋がる基礎的研究分野の成果に関して欧米に劣っているとの一般的な認識があり,この認識に基づいて各種の国レベルの施策がたてられていることである.諸外国を歩き,例えば,技術移転の方法に関して最も進んでいると著者が感じているフィンランドと比較してみると,日本の問題は別な所にあるように思われてならない.本当は,基礎的な成果が不足しているのではなく,得られた多くの基礎的な研究成果を新しい企業に繋ぐ,想像力・構想力・展開力・立案力が日本においては劣っている,即ち戦略は言うに及ばず戦術の立案力に日本人は劣っており,このことが日本でベンチャー企業の創立が困難である真の理由であるように思われる.基礎的な成果を企業化に結びつける,想像力・構想力・展開力に問題が有るにも関わらず,そこが無視され様々な施策が立てられ,それが日本での問題解決に繋がっていないとすると,これは大問題である.
 基礎的な成果を企業化に結びつける創造力・構想力・展開力が不足しているのが,日本人が起業化に取り組めない最も大きな理由とすると,その理由は,1991年に日本経済のバブルが弾けて10年に以上かかっても,その影響を未だに引きづっていることも同じような理由であるかもしれない.また,最近日本で起こっている様々な社会現象も同じようなところに問題があるかもしれない.そうだとすると問題は深刻であり,今まで進められてきた日本の施策は,単に膨大な無駄をする施策であることになり,即急に再考する必要があるかもしれない.
 この著者の私見が間違いであることを願っているが,そうではないかと思われる事例に合うことが多いのも事実である.
 この件に関して読者の皆様の率直な意見を賜れば幸いである.(意見をいただいた後に,この問題をさらに継続していきた いと思っています.)