マテリアル インテグレーション 2000年1月号
特集 21世紀における日本の課題


“特集号のねらい”

 21世紀を迎えるに当たり,日本は解決すべき様々な問題を抱えている.その中で,産業構造の変革,新規産業(ベンチャービジネス)の育成,地球環境問題やエネルギー問題への積極的な取り組み等は特は重要である.これらの課題の解決には,独創的な新しいアイデアに基づく材料・技術の出現が不可欠である.物作りで生きてきた日本には,新しい材料・技術の開発に不可欠な経験と知識と情報を持っている人材が豊富であり,この人材を積極的に投入・利用することが出来れば近い将来に新産業育成の核となる新しい機能/性能を持つ材料を日本から発信することも不可能ではない.しかし,この様な開発を進めるに際して,独創的な発想を重視し,それを積極的に支援する気風が,欧米に比較し日本において欠けていることが気になる.この様な傾向が日本で生まれた理由は,大阪大学経済学部教授 本間正明氏によると以下のように分析できる.

    (1) 戦後の日本が経験した右肩上がりの経済成長には幸運な面があった.世界的な超過需要状態,日本のピラミッド型人口構成による超過需要状態がそれである.

    (2) 世界的な超過需要状態に対して,日本には供給能力があり輸出で外貨を稼いで,その利益を分配することが出来た.しかし,この輸出で稼いだ利益は年功序列や公平分配をベースにして行われ,仲間意識・協調性・企業への隷属性が自己の利益に繋がるという意識を浸透させた.

    (3) 高品質の製品を大量に安く生産することに関して人界戦術的な開発研究が取られ,生産の効率化や高付加価値性が軽視され,その為に個人の独創性に関連したベンチャービジネスを認めにくい体質が出来上がった.

    (4) 利益を公平に分配する社会システム,製品を人界戦術的に開発するシステムは,「勝者が全てを取る」今日のデジタル化の流れと本質的に異なる.日本がデジタル化に乗り遅れた第一の理由はここにある.

 この分析を基礎にすると,現在日本のおかれている状況を突破する要素を以下の様にまとめることが出来る.

    (1) 科学技術,経済のグローバリズムや日本の少子化傾向に伴う人口構成の変化等により,日本の従来の考え方は成立しなくなっており,新しい科学技術を外国から輸入する従来の姿勢を変え,高付加価値やフロンティアを創出し,ベンチャー的な企業を育成していくことが重要である.また同時に,地球環境問題を強く意識しながら高効率性,スピード性,経済性を追求する必要がある.

    (2) オリジナリティが高く,独創性的なアイデアやコンセプトの構築は人間にとって最も大切な知的生産活動の1つであり,このためには弛まないチャレンジ精神と多大の努力の積み重ねが必要である.このことを理解し,新しいコンセプトの構築に成功した「研究員や研究グループ」に最高の栄誉を与えるシステムを構築する.

    (3) 今後の新産業の核となる材料技術開発には,今まで以上に資金と人材と時間が必要になる場合が多くなることを理解し,必要に応じて国家レベルの戦略を構築する.

    (4) 基礎研究と応用研究の住み分けを進め,大学や国公立研究機関で行われる基礎研究(シーズ研究)と企業で進められる応用研究(ニーズ研究)を,有機的に効率良く結びつけるシステムを作り上げる. 

 この様な分析に従い,「21世紀における日本の課題」をテーマにした本号では,冒頭に,京セラ(株)名誉会長の稲盛和夫氏がイノベーションに対する考え方を述べられている「イノベーション生涯業績賞」に対する受賞講演の内容を,この記事を取りまとめて頂いた東京工業大学名誉教授宇田川和重氏の後記と共に紹介し,次にロンドンのジェトロで3年間勤務され今年帰国された通産省課長の平野正樹氏に英国病を克服したサッチャー首相時代の国家レベルの政策の紹介をお願いすることにした.またJFCC試験研究所長の柳田博明氏に今後の材料研究に対する基本的考え方を,松下電器産業(株)で環境技術本部長として活躍された新田恒次氏に地球環境問題に取り組む企業の姿勢を紹介していただくと共に,ダイハツ自動車顧問の西田弘氏にシーズとニーズの出会いに関しての記事をお願いし,最後に本誌の編集代表を務めている一ノ瀬と新原が私学と国立大学を代表した形で,産学共同研究に関する記事を担当すことにした.多忙を極めている方々にお願いしたにも拘わらず,それぞれ内容のある記事を頂いた.これらの解説記事が,読者の皆様の今後の活動に役立つことを祈念したい.